「論ずる」とは

 「論ずる」とか「小論文」などと聞くと、構えてしまったり、「高尚風な理解しずらい文章を書かなければならない」と思ってしまう人がよくいますが、それは間違いです。

 「論ずる」とは、「『主張を支える理由』をそえて主張を述べること」「主張と『なぜそのような主張になるのかの理由』とを述べること」です。

 例を通してそれを理解しましょう。

 明日、理科見学の授業でどこに行くかをクラスで話し合っている状況とします。行く場所の候補は、博物館と動物園の2つにしぼられたところです。どちらか一方を支持する発言を考案してみましょう。博物館を支持する意見と、動物園を支持する意見を、それぞれ別に1つずつ考えてみましょう(つまり、一方が他方の反論はないように、まったく独立の意見を、です)。

 まず、博物館を支持する意見は、たとえば、次のような感じでしょうか。

 康成

「私たちは博物館に行きましょう。いま東京国立博物館ではモアの化石を展示しています。これはニュージーランド国立博物館から初めて国外に運ばれたもので、いま見逃したら、私たちは海外旅行をしなければそれを見ることができないでしょう。いまはモアの化石を手軽に見ることができるよい機会なのです。だから博物館に行きましょう」

 どうですか?なかなか説得力がありますね。

 では、動物園のほうはどうでしょう?

 のぞみ

「私は動物園に行くほうを支持します。いま、ちょうど、いろいろな動物たちの赤ちゃんが生まれて間もない時期で、動物の赤ちゃんをたくさん見ることができます。まだ小さなヤギやカンガルーたちと、広場で遊ぶこともできるはずで、かわいい生き物とふれ合うよい機会です。動物たちの命を肌で感じるのは、私たちにとってよい経験になるでしょう。だから、私たちは動物園に行くほうがよいでしょう」

 これも、なかなか説得力がありますね。

 さて、以上2つは論じているでしょうか?つまり、『主張を支える理由』をそえて主張を述べていますか?

 はい、そうですね。2つはどちらも論じています。

 論ずるとは、このように述べることです。

 意見の説得力にしても、作文の説得力にしても、どちらも同じものなのですが、それらの説得力は「結論そのものから来るのではない」ということに注目しましょう。ここでこのように注意を促すのは、作文を書く際に多くの人が「結論だけで同意を得られるような、そのような結論を選ぶ」からです。

 説得力は結論そのものにあるのではありません。これは前項の康成とのぞみの説得力のある意見の例でわかるでしょう。「私たちは博物館に行きましょう」や「動物園に行くほうを支持します」などの文には説得力はありませんが、康成やのぞみの意見には説得力がありました。それは、主張を支えているものに説得力があったからなのです。

 結論(としての主張)を支えているものの「しっかり支えている感じ」が説得力なのです。その感じがあることを、論理的といいます。理にかなっている感じを論理性といい、これが説得力の本体です。

 作文を書く場合は、論理性の高い文章を書かねばなりません。結論を支えているものが、結論をしっかり支えている感じがあるように書かねばならないのです。それが説得力のある文章なのです。

 結論を支えるものは理由ですが、理由そのものは抽象的なので、それだけでは支え方が「表面的」になってしまいます。

 表面的であることを避けるために、具体的な部分が必要です。それが実例・事実などです。それらを「理由を支えるもの」としてあげることで、「理由」に説得力が加わるのです。前の項の博物館・動物園の例はとても説得力がありましたよね。そこでは具体的なことが述べられていました。それがあの発言2つに強い説得力を与えていたのです。

 理由を支えるために、実例・事実を書きましょう。

 さて、ここで、古くからある図を示します。これは論の論理構造を示す図です。

 これは2つの理由で結論を支えているときの(そして書く理由を支える事実を述べているときの)図です。

 図1

 

 理由が2つなので、支柱は2つです。

 理由が1つなら、支柱は1つとなり、次の図です。

 図2

 

 ちなみに論理構造という表現があるのは、「論は、組み立てるもの」という意識から来ているのです。

 意見を述べる場合は、実例・事実などは、理由を支えるために使いましょう。実例等で結論(である主張)を支えてはいけません。

 理由を省略すると、次のようになります。

 与一

「私たちは(博物館よりも)国立西洋美術館に行くほうがよいでしょう。なぜなら、そこには今、『沈黙の目』(絵画名)が展示されているからです」

 これでは意味不明です。『沈黙の目』が展示されていることが、なぜ国立西洋美術博物館に行くほうがよいことになるのかの説明部分が欠落しているからです。

 

「13歳からの作文・小論文ノート」(小野田博一)P22〜P48より引用

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